ラグビーW杯、次戦南ア戦はミスターラグビーの命日!ミスターラグビー、平尾誠二さんってどんな人?

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2019年10月13日、台風19号がもたらした被害の全容を政府・報道機関ですら把握しきれていなかったこの日、ラグビーW杯予選最終戦、日本対スコットランド戦が行われました。

結果は28対21で日本の勝利。日本は一次リーグを全勝で突破し、初のベスト8入りを決めました。

連日のように熱戦が繰り広げられ、大いに盛り上がりを見せているラグビーW杯。

ところで皆さん、神戸市中央区のメリケンパークにあるファンゾーン(ラグビーW杯開催中に各会場が主宰するラグビーファンのためのイベント)に、ある展示があるのをご存じですか?

メリケンパークのファンゾーンに展示されているのは、2016年10月に亡くなられた“ミスターラグビー”こと平尾誠二さんの展示。
「平尾誠二さんてだれ?」という方にざっくりとご紹介すると、かつて日本代表の主将を務め、今回、2019年ラグビーW杯の誘致にも尽力した、ラグビー界のレジェンドです。


出典:https://jocr.jp/giants/20190927062655/

このびっしりとした書き込みの量!
どれだけ平尾さんが愛されていたかが伺えますね。

奇しくも、次戦、決勝トーナメント第1戦の南アフリカ戦が行われる10月20日は、ミスターラグビーの命日。南ア戦を前に、日本ラグビー界を牽引し続けた平尾誠二さんの人となりをご紹介します。

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平尾誠二プロフィール

1963年1月21日、京都府京都市南区に生まれる。

中学校からラグビーを始め、高校3年生の時に全国大会で優勝、この時主将を務める。その後同志社大学に入学しラグビー部に入部、1982年に史上最年少で日本代表に選出される。

大学時代には同志社大学の大学選手権三連覇に貢献するなど活躍した。さらにイギリスにラグビー留学をするが、この頃アマチュア規定に抵触したことにより日本のみならず世界でもアマチュア資格を停止される。

汚名返上のため日本での所属チーム探しを始め、1986年、神戸製鋼に入社。日本選手権で7連覇、さらにゲームキャプテンを務めた試合では一回を除いて負けなしという活躍を見せる。ラグビーW杯には三度出場、とくに1991年の第2回大会では日本のW杯初勝利に大きく貢献した。

その後一度代表を退くが、1995年の第3回大会に向け、日本代表チームの臨時コーチとして招聘され、その後代表選手として本戦に出場する。

1998年に現役を引退後は神戸製鋼ラグビーチームの総監督兼ゼネラルマネージャーに就任。
2016年10月に胆管細胞癌で亡くなる。

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平尾さんが“ミスターラグビー”と呼ばれる理由

上記の経歴だけでもミスターラグビーの愛称に納得できる活躍を見せている平尾さんですが、彼がミスターラグビーと称される理由は、それだけではありません。

現役時代は強い信念と精神力で「チームの精神的主柱」と称されるほどにチームをまとめ支え、端正なルックスで女性ファンを集めてラグビーという文化を日本に根付かせ、引退後は「日本におけるラグビーの変革者」として活動し続けた、日本ラグビー界の恩人とも言える平尾誠二さん。それだけでなく、とても優しい人でもあったそうです。

以下は平尾さんの「人を叱る時の四つの心得」。

Twitter

とても温かい人柄が伺えます。

こんな優しい人だからこそ、誰もがミスターラグビーと称して慕ったのかもしれませんね。

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まとめ

いかがでしたか? ラグビーW杯は必ず現地で観戦していたという平尾誠二さん。現在の日本代表チームの快進撃を、誰よりも喜んでいるのは天国の平尾さんなのかもしれませんね。

ミスターラグビーに南ア戦で金星を届けられるか、さらにラグビーW杯優勝というあでやかな花を届けられるか。

10月20日の日本代表の奮戦に期待しましょう!

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